vol. 027 「記録の重み」

タイム計測の仕事をしていると、この仕事が当たり前になりすぎて
「計測をする」ことの重みを忘れかけることがあります。今回は
自戒も込めて「記録の重み」について書いてみたいと思います。

マラソン、自転車、トライアスロン・・・、様々なジャンルのスポーツ
イベントがあります。トップアスリートによる日本一を決めるような
選手権大会もあれば、一般の方々が趣味や楽しみとして参加される
市民スポーツもあります。

正直に言って、すべての現場において記録の重みは等しく感じられる
かと言えば、現場によって異なるのは事実です。

世界中に生中継され、トップアスリートが極限の戦いを繰り広げている
オリンピックの計測においては、100%完璧な計測が要求され、わずかな
ミスも許されません。それこそ計測する側も全神経を擦り減らす仕事です。
そこでの記録には選手生命というか、アスリートとしての存在意義が全て
懸かっているとも言えます。

他方、「おらが町の運動会」といった市民スポーツイベントにおいては、
「楽しく参加して、いい汗をかいて健康になりましょう」というような
主旨で開催されている場合、計測に関する要望は非常にゆるく、たとえば
何らかの計測トラブルがあったとしても、たいして大きな問題にならず
済まされてしまうこともあります。
(たとえば、レース中に計測チップを落としてしまって計測されなかった
選手がいたとして、「別にいいよいいよ。記録なんて気にしてないし。
楽しく参加できたからそれで満足」と言われて済んでしまったり)


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ここで思い出すのが私自身の経験です。陸上部だった高校3年生のころ、
引退試合だった最後の大会で、私は800mに出場しました。予選が2レース
おこなわれ、各組の上位4着までが決勝に進めます。その予選レースで
私は自己ベスト記録を出しました。が、順位は5位でした。あと1人の
ところで予選敗退でした。しかも予選レースは上位4着までしか計測
されないという運営だったため、私は自己ベストタイムだったにも関わ
らず、その記録は公式記録としては残りませんでした。予選敗退、
そして自己ベストなのに記録として残らないという2つのショックは
大きかったです。まあ、この時は大会運営側に不手際があったわけでは
なく、単に自分の実力不足だっただけですが、もしこれが大会運営側の
不手際で、本来存在するべき記録がなくなってしまったとしたら、選手の
立場とすれば、怒り心頭になっても無理はありません。



自分の存在意義をかけてレースに臨む競技者、目標やチャレンジを持って
レースに臨む選手(自己ベストの更新とか、完走が目標とか)、あるいは
もっと軽い気持ちで健康や余暇の一環として参加する選手、現場によって
参加する選手も様々ですが、計測ディレクターとしては「記録の重み」
を忘れてはいけないのです。何かトラブルが発生したとき、
その記録がなくなってしまったとしたら、
選手はどう感じるだろうか
、と。